多様化、甚大化する事故や災害、限界に近づく地球環境など社会を取り巻く新たなリスクへの対応を求められる保険会社。
その中で三井、住友、日本生命、トヨタ自動車などいくつもの企業グループと親密な関係を持つ強みを生かして、世界トップ水準の保険・金融グループの実現を目指そうとしているのがMS&ADホールディングスだ。同社の樋口哲司副社長にDXを核にした経営方針を聞いた。
シリコンバレーに社員を派遣
――DXを進めるうえで、最も重視した点は何ですか。
MS&ADは持ち株会社で、グループの下に損害保険会社3社、生命保険会社2社が入っています。
これまではグループ内の企業がデジタル化をバラバラに進めてきていました。例えば「空飛ぶ自動車」のプロジェクトに、グループ内の三井住友海上と、あいおいニッセイ同和がそれぞれ違う会社に出資していたりして、グループとしての一体感がありませんでした。
そこでグループ内にデジタライゼーション委員会を立ち上げました。グループ全体としてDXを進めるのが大事だと考えています。2021年10月には「デジタルイノベーション部」を新設して、グループ全体としてデジタルイノベーションを商品化につなげようと取り組んでいます。
――IT関連の先進技術を生かそうとシリコンバレーに社員を派遣していますね。その狙いは。
保険会社ということもあり、多様なスタートアップ企業とのアライアンスができていませんでした。4年ほど前にシリコンバレーに社員を投げ込んで、CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)投資を始めました。
日本企業の多くがCVCを作っても、投資するかどうかを本社サイドとやりとりすると、結果的に投資できないケースが多くありました。その中で、わが社はこの3年間で60社に投資をしています。このCVCの2人のトップは、毎年選出される世界のコーポ−レートベンチャーキャピタルに関する著名な賞の「トップ100」に20年と21年の2年連続で選ばれています。スタートアップの最新技術を取り込むことで、いろいろなことができています。
――シリコンバレーの先端技術が、商品に生かされた事例はありますか。
例えばドライブレコーダー付き自動車保険で使われています。事故が起きた時に、当事者のどっちが赤信号だったかもめるケースが少なくありません。わが社のドラレコ付き保険は、事故が起きると両方の車の動きを3Dセンサー技術により、事故現場の状況をAIが自動的に作図してくれます。
事故の瞬間に信号が赤だったかどうかも明示してくれて、これが(保険金を支払う際の)証拠画像になるので、当事者間でもめることはありません。このほかにもシリコンバレーの先進技術がいくつもの商品に使われ、事故後のサービス対応も迅速にできるようになっています。
また、CVC以外では、お客さまの持っているビッグデータとわれわれのデータを掛け合わせることで、企業の抱える課題を解決する新サービス「RisTech(リステック)」の提供を19年から始めて、少しずつサービスを利用されるお客さまも出てきています。
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世界でトップ10に入り8位に
――「リステック」のサービスは具体的にどの業界で使われていますか。
大手小売チェーン店で使われています。これまでは電灯などの設備機器が故障するたびに修理していたのを、過去の修理データなどから判断して、これくらいのタイミングで壊れると教えてくれます。また、ほかの設備もまとめて更新した方が効率的になるといったプログラムになっていて、これを提案したところ、店舗の設備更新が大幅に効率化され、顧客にも喜ばれました。
――21年は自然災害が少なく、自動車事故件数も減ったので、予定していたグループ全体での年間利益3000億円は達成できそうですか。
達成できる見通しです。国内の自然災害は少なかったですが、海外が多くて欧州で100年か70年に一度という洪水が起きました。米国でもハリケーン、アイダの被害が大きく、海外での保険金支払いがかなり出ました。収入保険料もコロナで落ち込むのではと思っていましたが、順調に入ってきています。
――世界レベルではトップ10を目指しているようですが、現状はどうですか。
「フォーチュン」誌が毎年出している金融・保険業ランキングでは売上高でトップ10を目指していまして、21年は8位でした。その他の指標も良かったのですが、資本効率を示すROEだけは、株価が上がったので目標としていた10%には届かずに8.5%にとどまりました。
――国内の自然災害が増えているので火災保険料が上がるようですが、今後の保険料の見通しはどうですか。
22年10月に値上げを予定しています。これは損害保険料率算出機構が住宅の参考純率を10.9%引き上げたので、これを参考に火災保険料が引き上げになると思います。中期、長期的には自然災害が増えてきて気候変動の影響も出ているので、長い目で見ると保険料の引き上げは続くと思います。
しかし、10.9%がそのまま保険料の値上げになるのではなく、保険各社のデジタルを使った企業努力により、値上げ幅をできるだけ抑制していかなければならないと思います。
――2年ほど前から、火災保険料でリスクに応じて差をつける商品が出てきています。貴社でも、過去の事故数、管理状況によりマンションなどの保険料に格差をつけています。またハザードマップ内に建つ家の保険料には段階的に差を設ける保険も発売されているようです。こうした動きへの対応はどうされますか。
マンションについては、保険金の支払いは管理状況や築年数によって違うので、保険金の請求件数などを保険料に反映させることを各社がやってきています。マンションの管理状況によって保険料に格差を設ける商品も出しています。
ただ、ハザードマップによって格差を設けるのは、少し時期尚早かなと思います。自治体によってハザードマップが整備されていないところもあるからです。
いま、金融庁が有識者会議を設けて水災保険の在り方を議論しているので、その結論を待ちたいと思います。ある程度そうした水災リスクに応じた保険の必要性はあると思うので、どういうやり方がフェアなのか見定めていきたいと考えています。
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自動運転の保険負担の在り方は?
――将来の自動運転に対応した自動車保険の負担の在り方が検討されています。自動運転車が事故をした場合、誰がどう負担するのか、現在の検討状況を教えてください。
「レベル3」とか高速道路上とかやりやすいところから始まっていきますが、自動運転が本格的に実現するのは、まだ先になると思います。
例えば、真直ぐ進むと人をひいてしまいそうな時、よけた先にも、また人がいるなど、究極の場面でどちらかを選択するプログラミングを組まなければなりません。
また、自動運転では人が飛び出した場合、車は止まります。そうすると歩行者がどんどん車の前に出て行くようになって、車が動けなくなるなど、極端な事象も考えられます。
このような倫理的な問題や運用上の交通トラブルも一緒に解決していくことも求められます。
――事故の責任は誰にあるかということで自動車保険は動きますね。
自賠責保険で事故の責任は運行供用者、車を持っている人、運転している人に責任があるという基本的な考え方は、「レベル3」までは踏襲されることは確認されています。
ただ、本当に自動運転で事故になった際に、運行供用者の責任なのか。プログラムでミスしたのか、あるいはプログラムの更新がまずかった場合はメンテ業者の責任になるのか。ハッキングされた場合どうするのかなどの課題が出てきます。ここは法律で責任の主体を明らかにしていかないと簡単には解決できない問題です。
今のところは運行供用者責任で進んでいきますが、机上では考えられないような事例が積みあがってきて、新たな責任の在り方などを検討しなければならないことも起きると思います。いずれにしても、普及状況やニーズを踏まえながら、お客さまにより納得感のある制度や商品の検討を進めていきます。
――MS&ADホールディングスは、三井、住友、日本生命、トヨタなど多様な企業グループにまたがっています。今後、事業を展開する上で有利になると思えますが。
いろいろな企業グループと緊密な関係があるのはわれわれの強みです。日本を代表する企業群で、それぞれの業種のトップ企業もあることで、多くの情報が入ってきます。
トヨタとの関係は、MS&ADグループの中のあいおいニッセイ同和の前身である千代田火災の主要株主がトヨタだったことから脈々と受け継がれてきています。トヨタはコネクテッドカーを進めていますし、車の走行データを見て使えるのは自動車保険、事故防止には有利だと考えています。
――今後の海外での展開は、どんな計画を立てていますか。
アジアに強く、特にアセアン(東南アジア諸国連合)では現地の保険会社を含めてもナンバーワンのシェアを持っています。経済成長が期待できるので、これを取り込んでいきたいと思っています。
欧州では英ロイズ保険市場上位のシンジケート、アムリンを2016年に買収して傘下に持っているので、これを生かしていきたいと思います。北米では大きな事業展開にはなっていませんが、損害保険市場の40%は北米です。今後は事業を拡大していきたいと考えています。
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コロナ禍での営業方法の変化
――コロナ禍で営業のやり方が以前と変化してきているのでしょうか。
コロナ前は「営業担当がどうして来ないのか」というお客さんが多かったですが、いまは「来なくてよい」というお客さんもいて、変わってきています。代理店には「MS1 Brain リモート」や「らくるまネット」など非対面の代理店営業支援システムを導入しているので、顧客とはWeb上で契約が締結できてしまいます。
――損害保険の審査スピードを早めようという動きが出ていますが。
保険の審査の仕事は、以前は社員が水災被害のあった現地に行って浸水の程度を一軒一軒、巻き尺で計測していましたが、いまは被災地域にドローンを飛ばしてAIがセンチ単位で正確に浸水の程度を計測できます。契約のデータさえあれば、短期間で保険金の算出ができるようになっています。
――女性管理職比率は現在どれくらいですか。さらに引き上げるためにどのような対策を取っていますか。
21年4月時点で16.1%です。21年3月までに15%という目標を掲げていましたがクリアしたので、いまは引き上げて30年度末までに30%にしています。また、30年度末までにMS&ADホールディングスの女性役員比率を執行役員含め30%(現状24%)にする目標を掲げています。
日本企業は年次を重視する傾向があります。無理な施策をしようとすると会社のモラルが壊れる部分もありますから、当社は少しずつ女性管理職の予備軍を育ててきました。この予備軍の塊がかなりできてきたので、全体で人材プールがしっかりできるようになりました。今は社員の役割に男女差もないし、男女比率は半々で、営業にも女性社員が普通に取り組んでいます。
社員全員にシンクライアントパソコンを配布しているので、産育休で自宅にいても会社の様子が分かるようにし、希望者には育児などの合間に自宅で臨時就業できる制度も作りました。営業成績の集計などの仕事をやってもらっています。そうすることで会社とつながっている感じがあり、職場へ戻ってきやすくなれます。
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石炭火力会社への保険契約
――ESG投資の動きが強まり、石炭火力に対する逆風が強まっていますが、石炭火力会社に対する保険契約はどうしていますか。
石炭火力会社との新規の保険契約の引き受けや、投融資はしないことにしています。既存契約については電気が止まることにもなりかねないので継続します。脱炭素では、中間の30年には50%の二酸化炭素排出量の削減、50年にはカーボンニュートラルを目標に掲げています。
――経営者として日ごろから大事にしていることは何ですか。
着眼大局、着手小局。DXでもそうですが、できるところから少しずつ掘り崩して、最終的に全体観を持って大きなことを目指すのが大事だと思います。あとは、人に言われたことだけするのではなく、自分の頭で考えて成功を収めるようにしなさいと部下に言っています。また、部下の話は最後までよく聞くようにしています。
――大きな成功を収めるためには、ある程度失敗を認めるカルチャーが必要なのではないでしょうか。
当社は金融機関なので、カルチャーとして失敗はだめだというところが全体的にはあります。ただ失敗をしないと見つからないものもあるので、失敗は是とするように、少しずつ変えてきています。
これまでは成功事例の共有が多かったですが、いまは失敗事例の共有をやり始めています。シリコンバレーがその典型で、失敗を繰り返しながら新しいビジネスにチャレンジするカルチャーです。このため、失敗が小さいうちにたくさんしておくのが大事です。目指すものに向かっていくうちに小さい失敗をしておけば、大きな失敗になる確率も減ります。
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