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この話をしてくれたのは、朝鮮労働党の外貨稼ぎ部門のひとつ、39号室で働いていた脱北者だった。自身も北朝鮮本国や海外の北朝鮮大使館で外貨稼ぎに取り組んだ。北朝鮮の知られた外貨稼ぎとしては、ミサイルなどの兵器、鉱物資源、海外派遣労働者などがあるが、保険金詐欺も重要な手段に位置づけられていた。何しろ、事件や事故の規模によって、巨額の外貨を稼ぐことができるからだ。
この脱北者が代表例として挙げたのが「ヘリコプター激突詐欺事件」だった。北朝鮮がでっち上げた架空の事件で、欧米の大手保険会社から7千万ドル(約94億円)の保険金を手に入れようとした事件だ。
脱北者によれば、北朝鮮の国営企業は、ほぼ例外なく、北朝鮮の代表的な保険会社、朝鮮民族保険総会社(KNIC)の保険に入るという。KNICのホームページによれば、同社の設立は、北朝鮮の建国よりも早い1947年。北朝鮮内に200カ所以上の支社がある。保険商品の対象も船体、果樹、輸送貨物など多彩だ。詳しい説明がないが「不祥事保険」という商品もある。
そして、KNICはこの保険を、海外の大手保険会社に再保険する。KNICが海外大手保険会社に保険金を請求する事件・事故のうち、この脱北者によると4割はでっち上げだという。実際に起きた残る6割も、KNICは被保険者にはわずかな金額しか払わず、残りを国庫に納めてしまうという。
「ヘリコプター激突詐欺事件」では、KNICのロンドン支社が、北朝鮮のヘリコプターが国連支援物資の貯蔵倉庫に墜落し、物資がすべて焼失したと報告した。KNICは、欧米大手保険会社に約4千200万ユーロ(約59億円)の支払いを要求した。
脱北者は「事件について疑いの声が上がることも織り込み済みだった。だから、北朝鮮内で事故を起こしたヘリコプター側と倉庫を管理していた側が損害賠償を巡り、もめたことにした」と語る。KNICロンドン支社が、「最終的に北朝鮮の被保険者に保険金を支払った」として、欧米大手に補償を求めた時、すでに「事故」から半年以上経っていた。
欧米大手は事故について査察に入ろうとしたが、北朝鮮は「片付けてしまったので、事故現場はもうない」と言い張った。もともと、そんな事故など発生していない。事故現場のようにでっちあげた現場写真と、事故があったことを証明する書類だけの提出で逃れようとした。
書類の偽造はお手の物だった。日本では経済産業省や国税局の職員が給付金詐欺にかかわったケースがあった。給付金が支給される仕組みの知識を悪用したケースだったが、北朝鮮の場合は個人の仕業どころではない。まさに、国家ぐるみの犯行だった。
脱北者は「警察や消防、裁判所などが総出で、事故が本当にあったと証明する公式の書類を作成した」と語り、本来、違法行為を取り締まる機関まで詐欺に加わったと指摘する。
だが、不審な点をすべてぬぐい去ることは不可能だった。KNICは過去にも、天候不順による農作物の損失、貨物の事故などの保険支払いを巡り、海外の関係者から疑惑の目で見られていた。
結局、欧米大手保険会社は、英国の裁判所に提訴した。英裁判所が、北朝鮮の国家ぐるみの犯行を認める場合、英国と北朝鮮の外交関係が断たれるのではないかという観測もあったという。最終的に和解した。この脱北者も裁判が長引いた場合、欧米大手保険会社側の要請で証人としての陳述を行う予定だったという。
北朝鮮は和解により、4千万ユーロ(約57億円)の金を得た。その金は、国外での外貨稼ぎを担当する党39号室に収められたという。
この裁判の余波で、KNICのロンドン支社は閉鎖された。KNIC自身、こうした大規模な詐欺行為の疑いが浮上し、2016年には欧州連合(EU)と米国がそれぞれ独自制裁の対象に加えた。17年8月の国連制裁決議でも制裁対象に加わり、海外資産が凍結された。
ただ、脱北者は「北朝鮮は今も、保険金詐欺を諦めていない。英国の北朝鮮大使館には現在も1人、保険担当者がいる」と語る。特定の欧米保険大手会社だけを狙い撃ちすると怪しまれるため、毎年、請求する相手を変えるなどしながら、保険金請求を繰り返しているという。
KNICはホームページで「70余年の間、共和国領内で生命保険と非生命保険を専門に担当してきた権威ある保険会社だ」と自己紹介。「世界的に保険が発展する情勢を受け、保険業務の現代化、情報化をより高い水準で実現する事業を力強く推進している」と主張している。
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